父が亡くなって4年以上経ちました。この間、色々な状況が変化しましたが、私は、今迄のことを思い返すことを時々行いながら、今後の生活を考えています。名古屋で私が生活していた時のことについて、父は私から話を聞いている素振りをしていました。私の話を聞いて、そうかといった少し後に、お前の言うことなどないのだ、と事実関係を知ろうともしないにも拘らず言うので、私も嫌な感じでした。私からもっと突っ込んだ話を聞いていればこの様なことにはならないのですが、結局、父は私の状況を理解しないまま月日が経ちました。私が名古屋の大学を止める直前に父は、お前の言うことなど信じる者がいると思うのか、まあ今回のことは赦してやろうということだ、だが、またお前が以前と同じ態度をとろうというのであればお前は潰されるぞ、と言っていました。私は、父が何も知らないのだということが判っていたので、何を言っているのか、と呆れましたが、その後、母が父について誰かに言わされているのではないかといった物言いや、私が名古屋に行った時に腰が抜けてしまった、ということを話していましたので、これはいよいよ駄目だな、と確信しました。恐らく、父は思い込みだけで勝手な想像を膨らませ、私にあの様な物言いをしたのだと思いますが、その後は、誰かが勝手な物言いをしたのを真に受けたのだと思います。私が大学を卒業した後に、父方の親戚が母に、私が在籍していた大学について、名古屋の大学と再受験した後の大学について、前の大学の方は卒業は大変だったそうで、後の大学の方は卒業が楽だったとのことで、と勝手なことを言っていたそうです。このことについて母は、訳の分からない年寄りだと思って勝手なことを吹き込んでいる者がいる、と怒っていました。その後、私についていい様にならない生活が続いていたので、両親が私に色々と言ってきたことがありました。このことは以前も述べた通りですが、私が名古屋で不法行為を受けて、そういったことが私に伸し掛かっていたので、私が苦しんでいた、ということがこの時点でやっと両親に判って貰えたというところでした。ただ、私については部分的に判って貰っただけでしたので、完全に判って貰えたわけではありませんでした。父は、その後株式投資を始めたのですが、母が何を言っても聞こうとせずに続けていました。これだけでも問題なのですが、家のリフォームも手を付ければ良いのにも拘らず、行おうとせず、古い家電品も買い替えを行わない状態でした。今も私は苦労が絶えませんが、今後も父を反面教師として生活するようになると思います。キレイモ プラン変更